福岡高等裁判所 平成11年(ネ)821号 判決 2000年5月26日
控訴人(原告) 住宅金融公庫
右代表者総裁 望月薫雄
右代理人 大野和男
右訴訟代理人弁護士 緒方丈二
被控訴人(被告) 国
右代表者法務大臣 臼井日出男
右指定代理人 吉田勝栄
長尾秀樹
酒井英昭
松岡克弘
中村司
米澤和則
野海芳久
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対し、金二二二七万四四二〇円及びこれに対する平成九年六月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
四 仮執行宣言
第二事案の概要
原判決の「事実及び理由」中の「第二事案の概要」欄記載のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決一一頁二行目の「原告等」を削除し、同四行目の「原告は、」の次に「一般債権者として」を加える。)。
一 控訴人の主張
登記は物権変動の対抗力発生の要件であって、この対抗力は法律上消滅事由の発生しないかぎり消滅するものではない。したがって、適法にされた登記が権利者不知の間に不法に抹消された場合にも、その物権についての対抗力が失われるものではないから、いったん適法にされた登記の権利者は、その物権に基づき、不法に抹消された登記の回復登記が許されるとともに、登記上利害の関係を有する第三者に対して右登記の回復登記手続につき承諾を与えるべき旨を請求することができるのは当然である。しかしながら、更正登記手続を求める場合には、そもそも更正されるべき対象の登記の範囲でしか第三者対抗力を取得していないのであるから、回復登記手続の場合と同様に、登記上利害関係を有する第三者に更正登記についての承諾義務があるとすると対抗力のない範囲にまで対抗力を認めることになる矛盾を生ずる。したがって、登記簿上の記載からみて対抗力を取得していると評価できる場合にのみ第三者には承諾義務が認められることになると解すべきである。本件の場合には登記簿上の記載(二五八〇円)からみて債権額全額(二五八〇万円)についての対抗力を取得していると評価できないのであるから、第三者には承諾義務がない。
二 被控訴人の主張
1 更正登記につき登記上利害関係を有する第三者に対し、更正登記手続につき承諾義務を認めるか否かは、更正登記に係る登記権利者と第三者のどちらを保護すべきか、すなわち、更正登記により実体関係に符合した登記を得る権利者の利益と既存登記の記載により登記上利害関係を有するに至った第三者の利益のどちらを優先させるかという問題であり、右の各利益を比較考量することにより解決されるべき問題である。そうすると、第三者が更正登記により不測の損害を被ることのない場合には、更正登記により実体関係に符合した権利関係を表示することにより権利者の保護を図るのが相当である。
本件の場合、登記簿の記載からして、抵当権設定登記における債権額の記載二五八〇円が二五八〇万円の誤記であることは明白であるばかりか、右債権額の更正登記に係る利害関係人間の交渉経過に鑑みると、右更正登記につき登記上利害関係を有する第三者である訴外延岡信用金庫及び訴外Aは右更正登記により不測の損害を被ることのないことは明らかである。
2 不法行為に基づく損害賠償請求においては、損害の有無及びその額が一義的に確定していることが必要である。本件の場合、控訴人は、被控訴人に対して損害賠償請求をすることのほかに、これと独立して本件過誤登記の更正登記手続をするための手段を有しており、右手段を容易に行使することができるのであるから、控訴人が訴外延岡信用金庫及び訴外Aに対する更正登記の承諾請求をした上で、本件過誤登記の更正登記手続をすることができないことが明らかにならない限り、控訴人主張の損害の発生は一義的に確定しないから、本件抵当権の侵害による損害の発生はないというべきである。
第三当裁判所の判断
当裁判所も、控訴人の請求を棄却すべきものと判断するが、その理由は、次に補正するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第三 当裁判所の判断」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決一三頁六行目の「3まで」の次に「、原審での宮崎地方裁判所延岡支部に対する調査嘱託の結果」を、同一七頁一行目の「経由し、」の次に「本件建物につき」を、同二行目の「一月二八日」の次に「本件土地につき同月三一日、それぞれ」を、同七行目の「とする」の次に「県税」を、同一九頁九行目の「当審」を「原審」に改め、同行の末尾に続けて「控訴人は、当審において訴外Aに対して訴訟告知をした。」をそれぞれ加える。
二 同一九頁一〇行目から同二六頁五行目までを削除し、次のように改める。
「二 以上によれば、本件過誤登記の債権額を二五八〇万円に更正するためには、登記上利害関係を有する第三者である訴外延岡信用金庫及び訴外Aの承諾が必要になる。
ところで、更正登記は、登記の記載が実体関係と原始的に一致しない場合に、実体関係と符合させるために既存登記の一部を変更補正し、不動産に関する権利関係を正確に公示し、不動産取引の安全を図るものである。そして、更正登記がなされると、従前の登記に利害関係を有する第三者の権利が害されるおそれがあるので、その第三者の承諾書又はその者に対抗することのできる裁判の謄本を添付することを要求している(不動産登記法六六条、五六条)。この趣旨は、第三者が更正登記により不測の損害を被ることがないようにすることにあるのであるから、①第三者との間に承諾をする特約のある場合のほか、②第三者が更正登記により何ら実質的に不測の損害を被ることのない場合、③第三者が登記の欠缺を主張できない背信的悪意者である場合には、従前の登記に利害関係を有する第三者に承諾義務を負わせることができ、このような場合には更正登記により実体関係に符合した権利関係を表示することとして登記権利者の保護を図るべきものと解される。
そうすると、登記簿上の記載から直ちに誤記であることが明らかであるといえる場合や、直ちにはそれが誤記であるとはいえなくても、第三者が登記簿上の記載が錯誤又は遺漏によって誤記されていることを認識して(あるいは認識していなくても例えば本件の場合であれば債権額が二五八〇万円であることを前提にして)登記上利害関係を有するに至ったような場合には、何ら実質的に不測の損害を被ることのない場合にあたるから、第三者は更正登記手続につき承諾義務を負うものというべきである。また、第三者の行為の態様や過誤登記の種類内容等諸般の事情からみて承諾請求を拒絶することが登記権利者との関係において信義則に反すると認められる具体的事由が存する場合には背信的悪意者として登記の欠缺を主張させるに値しないから、第三者は更正登記手続につき承諾義務を負うものというべきである。」
三 同二六頁六行目の冒頭に「本件の場合、」を加える。同二八頁二行目の「7」を削除する。
四 同三〇頁四行目の次に行を改めて、「ところで、不法行為に基づく損害賠償請求においては、損害の有無及びその額が一義的に確定していることが必要であるところ、前記のように、控訴人は、被控訴人に対して損害賠償請求をすることのほかに、これと独立して本件過誤登記の更正登記手続をするための手段を有しており、右手段を容易に行使することができるのであるから、控訴人が延岡信用金庫及び訴外Aに対する更正登記の承諾請求をした上で、本件過誤登記の更正登記手続をすることができないことが明らかにならない限り、控訴人主張の損害の発生は一義的に確定しないから、本件抵当権の侵害による損害の発生はないというべきである。」を加える。
第四結論
よって、原判決は相当であるから主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 將積良子 裁判官 兒嶋雅昭 山本善彦)